探検家の高橋大輔さんがクレイジージャーニーに登場。

「物語を旅する男」とはどういう意味なのか?

高橋大輔さんの経歴、wikiプロフィールとともに調べてみました。

高橋大輔さんのプロフィール

名前:高橋大輔(たかはし だいすけ)
出身地:秋田県秋田市
生年月日:1966年12月13日
年齢:51歳(執筆時)
学歴:明治大学政治経済学部卒業
現職:探検家

高橋大輔さんは1966年秋田県生まれ。

高橋大輔さんの探検の原体験は、10歳の時、実家の近くにある研修施設の高い壁を越えて、その向こうにある水生生物を採取するというものでした。

壁の向こうの未知の世界に、子供心に憧れがあったそうで、現在の探検も本質的には同じことだといいます。

明治大学在学中からアルバイトで資金を貯めては、シベリアやインド、チベットやサハラ砂漠など世界を股にかけて旅する生活を送ります。

大学卒業後は、東京の広告会社に就職し、営業として13年間勤務。

仕事に面白さを感じてはいましたが、基本的には生活のため、探検資金を得るためと割り切っていたようです。

就職後も、定期的に有給休暇を取得して世界各地に探検を続けます。

94年には、1ヶ月の休暇を取って、チリを探検。

目的は、「ロビンソン・クルーソー」のモデルとなった実在の人物、スコットランド人船乗りのアレクサンダー・セルカークの住居跡を発見することでした。

発見には至らなかったものの、それまでのロビンソン・クルーソーの足取りを追う道のりをまとめた著書「ロビンソン・クルーソーを探して」を出版します。

この本がきっかけとなり、チリに行くテレビ番組が企画され、高橋大輔さんは再びセルカークの住居跡に迫る機会を得ます。

地元の人の案内で、石積みの遺跡にまでたどり着いたものの、そこから先は学術調査の申請が必要だったため、続行を断念せざるを得ませんでした。

しかし、諦めきれなかった高橋大輔さんは、会社をやめ、国際的な学術調査団を結成するために奔走します。

考古学者などの伝手で現地政府に掛け合い、さらに資金確保のためにナショナル・ジオグラフィック協会にプレゼンします。

チームを作り、人々と協力して目的達成を目指すこと、またプレゼンでは、内容を理解してもらうだけでなく、面白さと価値を伝える必要があり、それには13年間の広告営業の経験が生きたといいます。

高橋大輔さんと仲間たちの努力が実り、ついに学術調査の許可が降り、2005年に探検隊が結成されます。

再度遺跡を訪れ、発掘作業を行い、地中2メートルに焚き火跡を発見。さらに16mmの針先も見つかり、間違いなくアレクサンダー・セルカークの住居跡であると認定されました。

高橋大輔さんが「ロビンソン・クルーソー」の足取りを追いかけ始めて、実に10年以上の歳月が経っていました。

以後も高橋大輔さんの探検は続き、近年はその目は国内にも向けられています。

2010年には東京から南に600キロ離れた無人島の鳥島で、江戸時代の漂流民の残した洞窟を発見しています。

また、最近では、現代でも登頂が難しい剱岳で、奈良時代や平安時代の錫杖や鉄剣が見つかっていることから、誰がどうやって登ったのかを検証する計画を立てているとのことです。

高橋大輔さんの年収は?

高橋大輔さんの収入源についてですが、一般に探検家というのは、探検のための資金はスポンサーから募り、探検をしていない期間は主に著作や雑誌への寄稿、講演会、テレビ出演などが収入源となるようです。

ただ、スポンサーからの資金というのは、あくまで探検のための経費ですから、実質的な収入は著作や寄稿、講演会、テレビ出演などによるものになります。

それでも足りなければアルバイトなどで補う必要がありますが、高橋大輔さんクラスの探検家だと、著作や講演などだけでも十分な収入が得られるものと思われます。

なお、一般に講演料は5~10万円が多いそうですが、少し著名な人だと20~30万円くらい、有名人や売れっ子、タレントクラスだと50~200万円にものぼるのだそうです。

高橋大輔さんは世界的な探検家ですから、講演による収入がかなり多くを占めているのではないかと推測します。

以上、高橋大輔さんについてでした!