2017年7月20日のアンビリーバボーで八宝亭事件が取り上げられます。

八宝亭事件とは、築地の中華料理店の家族4人が何者かの手によって残酷な方法で命を奪われるという痛ましい事件で、番組ではその全貌に迫るようですね。

八宝亭事件の真犯人、その動機や理由、生い立ちとはどのようなものだったのでしょうか?

築地八宝亭事件とは

1951年2月22日朝、築地の中華料理店「八宝亭」のコックの山口常雄(25歳)の通報により築地警察署員が駆けつけたところ、一階の六畳間で経営者(当時48歳)、妻(40歳)、長男(11歳)、長女(10歳)の一家4名が惨殺されているのが発見されました。

さらに、捜査の結果、現金4万円と残高14万円あまりの預金通帳、女物の腕時計、財布が奪われていることも判明。

実は、この第一発見者を装っていた山口常雄こそが、この事件の真犯人でした。

署員と山口常雄は、出前をしていた関係で顔見知りで、育ちがよくて人懐っこく、快活な好青年だった山口常雄は当初シロと見られていたといいます。

山口常雄は、犯行日の前日から女中として働き始めた「太田成子」という20代半ばの女性の存在を証言。

さらに、その親戚と名乗る男が犯行前夜に彼女を訪れたことも証言しました。

その太田成子も、その男も、すでに姿を消してしまっていました。

しかしその後、22日の午前9時頃に、盗まれた通帳で14万円を引き出そうとして、「印鑑が違う」と言われて帰ったという女がいることが判明。

それこそが太田成子だとして警察は太田を全国に指名手配します。

山口常雄への疑念

山口常雄は、太田成子のモンタージュの作成など、当初から捜査に非常に協力的でした。

しかし、その一方で、警察は、山口常雄について、

  • 2階で寝ていてあれだけの惨劇に気づいていないのは不自然
  • 太田成子を訪ねてきたという男を目撃した人がいない
  • 主人も使用人も普段は8時起床だが、その日に限って山口は9時に起きている

など、いくつかの不自然な点から、当初犯人ではないかと疑っていました。

ところが、山口常雄が、自分が疑われていることを知ると、

「こんなに苦労してまで捜査に協力しているのに、その私を犯人だと疑う人がいようとは、もう、死んでしまったほうがましだ」

と大号泣したのだそうです。

それは演技とは思えないほど真に迫っており、数多くの犯人を見てきたはずのベテラン刑事でさえも、山口常雄がシロであると確信するようになったといいます。

そうして警察の中で「山口常雄はシロ」説が支配的となり、その見解のもとで捜査が続けられます。

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