太田成子の逮捕、真犯人の検挙

山口常雄は一貫して異常なまでに熱心に捜査に協力し、メディアの取材にも快く応じ、ついには新聞に自分の推理の手記を掲載するに至ります。

そして、山口常雄の献身的とも言える協力などが功を奏し、事件から17日後の3月10日、ついに「太田成子」こと西野つや子(当時24歳)が逮捕されます。

西野つや子は、取り調べにより、山口常雄が真犯人であることを供述します。

西野つや子は、山口常雄に、朝の9時に信用金庫で14万円を下ろすように言われ、現金千円と通帳、印鑑を手渡されていたのでした。

山口常雄に口止めされてはいましたが、さすがに黙秘を通すことはできず真相が発覚。

山口常雄は真犯人としてついに逮捕されることとなりました。

西野つや子は共犯の証拠不十分として、盗品運搬罪のみの罪状で起訴され、懲役1年、執行猶予3年、罰金2000円の判決を言い渡されました。

山口常雄は、逮捕翌日の11日未明に、築地署内の留置所で隠し持っていた青酸化合物を服用し、自ら命を絶ちました。

これにより、八宝亭事件は幕を閉じますが、事件の動機や詳細など、多くの謎が残されたままとなりました。

山口常雄の生い立ち

山口常雄は、茨城県の裕福な農家の次男で、若い頃から要領がよく、派手好みで、女性関係にルーズだったといいます。

そのためお金に困窮し、村役場の配給主任だったときに、役場で扱っていた物資を横領、横流ししたことがありました。

山口常雄はこの件で逮捕、起訴され、懲役1年6ヶ月、執行猶予5年の判決を受けています。

ただ、この横領については、村人のために物資を調達し、その罪をすべて一人でかぶったという側面もあったため、地元では英雄扱いされ、「次の村長は山口さんだ」という声も上がるほどだったといいます。

裕福な実家からの仕送りで、お金には困っていなかったとも言われますが、一方で遊びすぎて貯金がなくなったために八宝亭に住み込みで働き始めたとも言われています。

いずれにせよ、山口常雄の個性や経歴、行動、そして犯行の手口の凄惨さや計画性を知れば知るほど、その動機の謎は深まるばかりだと言えます。