荻野アンナさんの父と母の介護。そして癌
荻野アンナさんは、パートナーの片柳治(パタ)さんの看病生活より以前から、父親と母親の介護生活を送っていました。
大学教授、作家の二足のわらじをこなしながら、両親の介護、さらにパートナーの看病と、心身ともに疲労困憊した荻野アンナさん。
過労からうつ病を発症してしまい、後にこんな述懐をしています。
父を介護していたときは、「父を殺して私も死のう」と思い詰めたことが2回ありました。母に対してもつい先日、食事を届けるときに、包丁を持って母の側に立っている自分の姿を想像してしまった。
引用:http://www.news-postseven.com/archives/20120821_136625.html
父親の介護は2010年に亡くなるまで15年間続き、母親の介護は2015年まで、合計で20年間もの介護生活だったそうです。
この間、荻野アンナさんは大腸がんを患い、摘出手術を受けた後に肺がんが発覚し、抗がん剤の副作用に苦しみながら介護生活を続けていたといいます。
何重苦なのでしょうか、常人には想像を絶する苦難だったと思います。
こんな状況にもあって、過ちを犯さなかったのは、荻野アンナさんの心の強さだったのだと思います。
そんな壮絶な体験を経て、荻野アンナさんが得た結論は、
「起こったことはみんないい事」
という標語でした。
荻野アンナさんはもともと言葉遊びが大好きな人で、他にも
「79転び80起き」
「飲むウツ買う」
「死ぬまで生きる」
といった、ユーモアのある標語をたくさん生み出しています。
そのような逆境にあっても、こういう風に人生を明るく前向きに捉えられるというのは、荻野アンナさんの天性なのだろうと思います。
いつ誰にでも降りかかりうる苦難にどう立ち向かえばいいのか、荻野アンナさんは貴重な実体験を踏まえて私たちに伝えてくれます。
そう簡単には真似できない境地ですが、いざというときには、その考え方や行動は、きっと私たちにとって、とても貴重な指針を与えてくれるのだと思います。





